生活のイチブトゼンブ

ストレス社会で3分間の現実逃避を楽しむぜよ

雨の日の気持ちをつれづれなるままに。

こんにちは!A汰です。

 


f:id:a-matsuno0503:20170907222758j:image
雨ってイヤですよねー(*´・ω・`)b

自分の心の中をからっぽにすべく、自己啓発のような記事になりました。いつもは敬語で表現しつつ、たまに関西弁も交えた記事を書いていましたが、今回は小説のような感じに書いてみました。

 

第一章「雨天」

平日か休日のどっちに雨が降るとイヤかと言われると、私は絶対的に平日である。

それはなぜか。

平日が仕事であり、嵐ではないかぎり出社しなければならない。すなわち、駅から徒歩の短時間で足元がビショ濡れになるからだ。おまけに傘を持ち歩かなければならない。満員電車で人混みに揉まれる間は折り畳んだ傘が実に重たい。邪魔で仕方がない。せっかく傘を持ってきたのにもかかわらず、傘を広げる出番を待っていたかのように雨が止む。何のために苦労して持ってきたのかと思うと負け組になった気分になる。

おまけに低気圧の影響で体がだるくなり気持ちも憂鬱になってしまい最悪のコンディションで仕事に追われるからだ。

休日が雨天の場合は、予定が狂っただけで心の被害が収まる。仕事をするわけでもなく、もちろん自ら満員電車に乗る必要性など全くない。少し面倒だが、レインコートを着てバイクで20分ほど走ればコメダ珈琲にも行けるし、神戸ハーバーランドで暇潰しができるのだ。

 

第二章「病弱」

私の場合、何度も暴露しているが非常にメンタルが弱い。

私は意外にも動物好きである。最終学歴が神戸動植物環境専門学校であるくらい動物が好きなのだ。

なぜ動物が好きなのにペットが自宅にいないのかという質問をよく投げられるのだが、それはペットの死を恐れているからである。すべての生物には「生」から始まり「死」で終わるという当たり前の鉄則がある。よって、仮にペットを飼ったとしてほぼ100%の確率で自分より先にペットは旅立つだろう。そうなると私はどんなにすごい医学でも完治できないほどの精神病に侵されることが目に見えている。ようするにペットの死を涙だけでは受け入れられないほどメンタルが弱いのだ。

 

第三章「記憶」

そんな私は、ある一定のボーダーラインを下ってしまうと過去のトラウマが脳裏をよぎることがある。

FINAL FANTASYの状態異常で例えると暗闇状態だ。

引っ越す前の一軒家では、湿気が多い日はムカデによく噛まれては毒注入されていた。

ドラゴンクエストで例えるなら、ふいをつかれた攻撃からの毒状態である。うち3割は麻痺状態だ。

状態異常よりも苦痛なのが、噛まれた瞬間の激痛と直後にチクチクする継続的な痛みの2種類の拷問である。

拷問を生き延びた後に待ち受けているのは、患部がパンパンに膨張し、まるで打撃を受けたように腫れ上がる。

指を噛まれた日にはポールペンが握れず仕事に支障がでるわ。

足の指を噛まれた日には週末のバスケットボールができずで萎えるわ。

頭を噛まれた日には、これこそげんこつで殴られた後のタンコブのように腫れ上がるわ。

致死率はないものの、一生記憶に残るトラウマとなったのだ。こんな痛々しい記憶が憂鬱な日に限って思い出してしまうのだから、本当にたまったもんじゃない。

 

まとめ

しかしまあ、雨に対して嫌味を言う自分は本当に恵まれているのだと思う。雨がなきゃ水がなきゃ動植物は生きられないってのに。